大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)4989号 判決 1961年5月10日

原告 赤阪清

被告 池内実

主文

被告は原告に対し金一二〇、七三六円及びこれに対する昭和三四年一一月一一日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その四を被告、その余を原告の各負担とする。

この判決は原告において金三〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金一六七、五九一円及びこれに対する昭和三四年一一月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

「(一) 原告は輸出向特殊鋲の製造販売業者であつて、肩書場所にある原告所有の事務所兼店舗において、右特殊鋲の販売をなし、附近の製造工場においてその製造をなしているものである。

(二) 被告は、昭和三四年八月二三日午後一一時頃右事務所兼店舗(大阪市電路面南堀河町停留所北約一〇間南側)前の同市電路線道路上において、自ら運転していた自家用四輪自動車の運転を過まり。原告の右事務所兼店舗の表扉等を突破して、奥行約五米のコンクリート土間(原告が事務所兼店舗として使用)に乗入れ、これに隣接している奥の居室の柱に激突させてようやく停車せしめた。

(三) 原告は、被告の右過失ある行為に因り後示のように所有権等を侵害せられ、後示の損害をこうむつたから、右行為は不法行為であり、従つて、被告は原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

(四) 右損害は、次のとおりである。

(1)  建物、設備、什器具類の損害

右事故により、居室の一部、店舗、店舗内に附設してあつたカウンター等の設備、店舗内にあつた什器具が損傷ないし損壊したので、その復旧のため、原告はその頃左の出捐をなし、その出捐額と同額の損害をこうむつた。

(イ)  居室及び店舗の復旧工事費 二五、〇〇〇円

(ロ)  右復旧工事に要した硝子、ベニヤ板、砂、セメントの購入費 二、七〇〇円

(ハ)  雨樋修理費 五〇〇円

(ニ)  電気冷蔵庫修理費 一一、五〇〇円

(ホ)  やぐら等修理、カウンター棚取付費 二、九〇〇円

(ヘ)  表ラワン扉代及びカウンター修理費 二一、六〇〇円

(ト)  事務用卓子購入費 五、四四〇円

(チ)  片袖事務用卓子購入費 五、〇〇〇円

(リ)  書類箱購入費 一、五〇〇円

(ヌ)  表扉一時借入謝礼金 二、〇〇〇円

(ル)  現場整理人夫費 八〇〇円

(2)  損壊した什器具類に代るものを購入せねばならぬことに因る損害

左記什器具類は右事故により損壊し使用することができなくなつたので、これに代るものを購入せねばならぬのであるが、その購入費は左記のとおりである。該購入費は未だ出捐していないが、将来出捐すべきものであつて、結局右事故に因る損害である。

(A)  台秤一台購入費 六、五〇〇円

(B)  廻転椅子一脚購入費 四、〇〇〇円

(C)  硝子板購入費 五、〇〇〇円

(D)  文房具品購入費 五〇〇円

(E)  小秤一個購入費 一、〇〇〇円

(F)  大瀬戸火鉢購入費 七、〇〇〇円

(3)  右復旧附随の諸費用出捐に因る損害

原告は、右事故のため、近隣の見舞客及び整理人夫等に対する接待飲食費として左記出捐をした。

(イ)  すし代金(紅梅すしへ支払分) 四、八八〇円

(ロ)  うどん等代金(日本一食堂へ支払分) 六四〇円

(ハ)  同 (とよだや食堂へ支払分) 一、四六五円

(ニ)  ジユース等飲物代金(かねます食品へ支払分) 五三五円

(4)  営業休止による損害

本件事故のため、原告は事故発生の日の翌日から一〇日間営業不能になり、これがため、営業により得べかりし利益一日につき平均五、〇〇〇円の割合である合計五〇、〇〇〇円を喪失し、同額の損害をこうむつた。

(5)  原告の発病による損害

本件事故発生に因る精神的衝激の結果、原告は、高血圧症にかかり、血圧195/100に達し、頭重、逆上感、強度の目まいを起し、これがため一週間安静加療を要するに至り、その治療費として金三、二九六円を出捐した。右出捐額は、本件事故による損害である。

(五) 以上の次第であるので、原告は、被告に対し右(四)の(1) ないし(5) の損害合計一六七、五九一円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日である昭和三四年一一月一一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ次第である。」

と述べ、

被告の(二)の主張に対し、

「(六) 原告主張(四)の(1) 及び(2) の損壊せられた什器具類は、いずれも本件事故発生当時は新品ではなく中古品となつていたので、原告がこれに代るものとして購入したのは、いずれも当時の原品の時価相当又はそれ以下の価格で購入した。原品の時価以上の新品を購入したものではない。また、修理したものも、原状又はそれ以下の程度において復原補修した。故に、被告の右主張は理由ない。」

と述べ、

立証として、甲第一ないし第一四号証(但し、第一、二号証、第四、五号証、第八号証、第一〇ないし条一四号証は各一、二)を提出し、証人森与志次、金田清子の各証言及び原告本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁及び主張として、

「(一) 原告主張(二)の事実中、被告運転の原告主張の自動車が原告の店舗表扉を突破して、約二米半程同店舗コンクリート土間に乗入れたことは認める。

原告主張(四)の(1) 、(2) のうち、什器具類の一部につき損傷ないし損壊のあつたことは認めるが、その什器具類の品目、損害額は争う。(3) ないし(5) の事実は否認する。

(二) 本件事故は、当日雨が降つていたため、自動車がスリツプして生じたものである。原告主張(四)の(1) 、(2) の什器具類はいずれも事故当時使用に耐え得ない程度の古いものであつたところ、原告は、これ等につき新品を購入し、又は購入せんとして、その購入費を損害額として計上しているが、これは明かに不当である。原告主張(四)の(3) の損害は、被告の関知しないところである。同(四)の(4) につき、本件店舗は原告において事務所として使用しているに過ぎず、同所で原告は、その主張の営業をしておらないから、その主張のような損害を生ずるはずはない。同(四)の(5) につき原告主張の発病があつたとするも本件事故により発病したものとはいえない。

(三) 右の次第であるから、原告の本訴請求は失当である。」

と述べ、

甲号各証の成立につき、不知と答えた。

当裁判所は、職権により被告本人を尋問した。

理由

原告本人尋問の結果により、原告主張の(一)の事実が認められ、証人金田清子、同森与志次の各証言、原、被告各本人尋問の結果(但し被告本人の分は一部)を総合すると次の事実が認められる。被告は、昭和三四年八月二一日四輪自動車の運転手の免許を得たばかりのところ、その二日後である同月二三日自家用四輪自動車(トヨペツト、クラウン五七年式)を運転して、肩書自宅を出発し、天下茶屋に向う途中、大阪市天王寺区南堀河町市電路線道路を北方から時速二五キロないし三〇キロで南進し、西方に曲るべく時速を二〇キロ位に落した上、ハンドルを右へ廻して曲り更に左へハンドルを返した際、当時降雨のため、道路面がぬれていたので、自動車がスリツプして、該道路の南側にある原告所有の事務所兼店舖(原告の肩書場所にあり、同場所は大阪市電路面南河堀町停留所附近である。)に自動車を突入せしめた。被告はその際、ブレーキをかけたが、右スリツプのため、自動車は停車せず、惰力で前進し、右事務所兼店舖の表扉を突破して、約四坪のコンクリート土間(これが事務所兼店舖として使用されていた。)に、すつぽり入り込み、右土間に隣接している奥の居室の柱に激突してようやく停つた。当夜、現場は街灯、人家の外灯等で明るかつた。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実関係のもとにおいて考察すると、本件事故発生の日は原告において運転の免許を得てから僅かに二日後であつて、被告としては未だ運転の経験は、きわめて浅いし、なお、当夜は降雨のため、道路面がぬれて、自動車がスリツプし易く、従つて事故が発生し易いので、被告としては運転者たる注意義務を怠らず、たえず、事故の発生しないようすべきであつたにかかわらず前認定の事故を発生せしめたのは特段の事情の認められない本件においては、被告が、前示のように北方から南進し、西方に曲るにあたり、ハンドルを右へ廻して曲り、更にハンドルを左へ返す一連の操作に運転者として過失があつたものとみなければならない。

ところで、原告は、被告の右過失ある行為に因り、後示認定のように、所有権等の権利を侵害せられ、損害をこうむつたので、右行為は、不法行為であり、従つて、被告は、原告に対し右損害を賠償すべき義務がある筋合である。

前示証人金田清子の証言により成立が認められ甲第一号証の一、二、原告本人尋問の結果により、いずれもその成立が認められる甲第二号証の一、二、第三号証、第四、五号証の各一、二、第六、七号証、第八号証の一、第九号証、第一四考証の一、二、右証人金田清子、同森与志次の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  建物、設備、什器具類の損害

右事故により居室の一部、店舗、店舖内に附設してあつたカウンター等の設備、店舖内にあつた什器具類が損傷ないし損壊し、その損壊したものは使用することができなくなつた。そこで、原告は、その頃次のとおりの出捐をなし、その出捐額と同額の損害をこうむつた。

(A)  居室及び店舖の復旧工事費 二五、〇〇〇円

訴外誠建設株式会社に右復旧工事をなさしめ、昭和三四年九月七日右工事費を支払つた。

(B)  右復旧工事に要した硝子、ベニヤ板、セメントの購入費 一、七〇〇円

右ガラス代金は一、二〇〇円で、これは、同年八月二一日訴外藤原硝子店に支払い、ベニヤ板、砂、セメント代金は五〇〇円で、これは同年九月一二日訴外土徳本店に支払つた。

(C)  電気冷蔵庫修理費 一一、五〇〇円

右は、訴外フタバ電機商会に修理せしめ、同年九月右修理費を支払つた。

(D)  やぐら等修理、カウンター棚取付費 二、九〇〇円

右修理、取付は訴外春木建具店に依頼し、同年九月一四日右金員を支払つた。

(E)  表ラワン扉代金及びカウンター修理費 二一、六〇〇円

右修理は右訴外青木建具店に依頼し、同年九月五日右訴外人に対し右扉代金及び修理費を支払つた。

(F)  事務用卓子購入費 五、四四〇円

右は、同年九月一四日右訴外春木建具店に対し支払つた。

(G)  片袖事務用卓子購入費 五、〇〇〇円

右は、同年九月九日訴外北林道具店に対し支払つた。

(H)  書類箱購入費 一、五〇〇円

右は同年一〇月九日右北林道具店に対し支払つた。

(I)  表扉一時借入謝礼金 二、〇〇〇円

本件事故により、店舖表扉は全く使用し得ない程度に損壊しそのため、用心が悪いので約二週間隣家の訴外森与志次から表扉を借受けたので、右謝礼として、右金員を支払つた。

(J)  現場整理人夫費 八〇〇円

事故発生後の現場整理のため人夫を雇い、その人夫費として右金員を支払つた。

(2)  営業休止による損害

本件事故のため、本件事務所兼店舖、店舖内に附設してあつたカウンター等の設備、什器具類が損傷ないし損壊したので、その復旧までは、右事務所兼店舖における原告の前示輸出向特殊鋲の販売業は、営業不能になつた。その期間は、事故発生の翌日から一〇日間である。従つて、原告は、右営業により得べかりし利益一日につき少くとも、金四、〇〇〇円の割合による合計四〇、〇〇〇円を喪失し、同額の損害をこうむつた。

(3)  原告の発病に因る損害

本件事故発生当時、原告は、六七才の高令で慢性胃腸のため静養していたもので、別に血圧は高くなかつたのであるが、事故発生の当夜一階の店舖に接続する奥の居室において臥床していたところ、突然本件事故が発生したため、その精神的衝激は甚大であつた。その結果、原告は高血圧症を発病し、血圧195/100に達し、頭重・逆上感・目まいを起し、これがため、一週間安静加療を要するに至り、その間医師船内正之の治療を受け、その治療費として、三、二九六円を出捐した。右出捐額もまた本件事故に因る損害である。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の(1) 、(2) の損害は、本件不法行為に因つて通常生ずべき損害であり、(3) の損害は、特別の事情により生じた損害であつて被告においてその事情を予見することを得べかりしたものである。原告主張の(四)の(2) の損害については、原告本人尋問の結果中、これに関する部分はたやすく信用し難く、他にこれを認める証拠はない。また、原告主張の(四)の(3) の損害について考究するに、仮に原告主張のような各出捐があつたとするも、該出捐額をもつて、本件不法行為に因つて生じた通常の損害と解し得ないのは勿論、特別事情に因る損害であると解することもできない。故に、原告の右損害の賠償請求は失当である。

被告は「原告は、本件事故当時使用に堪え得ない程度の古いものであつた什器具類につき損壊したとして、その代りに新品を購入し、その購入費を損害額として計上しているが、これは不当である。」旨主張するので、この点につき判断する。

前認定の(1) の(E)表ラワン扉、(F)事務用卓子、(G)片袖事務用卓子、(H)書類箱に対応する旧当該品が本件事故発生当時それぞれ中古品であつたことは、原告の自認するところであり、原告本人尋問の結果によると、原告が購入した各右物品は新品又は中古品であつたことが認められる。(但しいずれが新品又は中古品であるかは不明)。思うに、本件におけるように、不法行為に因り中古の動産が滅失した場合、被害者が原状回復のため右滅失した中古品の滅失当時における価格と正に同等の価格の中古品を新に取得することは絶体に不能であるといわければならない。従つて、被害者は原状を回復するためには、新品を取得するほかなく、その取得に要した費用全額は、たとえ、それが滅失した中古品の価格以上であつても、不法行為に因つて生じた損害であり、しかも相当因果関係の範囲内にある損害であると解するを相当とする。右説示のとおりであるから、本件において、原告が原状回復のため購入した前示什器具類のうちに、新品があるとするも、その購入費を前示不法行為に因り生じた損害と認めることは不当とはいえない。故に、被告の前示主張は採用できない。

以上の次第であるから、被告は、原告に対し、前示の不法行為に因る損害として前示(1) ないし(3) の損害合計一二〇〇、七三六円及びこれに対する右不法行為後である昭和三四年一一月一一日(本件訴状が被告に送達せられた日の翌日)から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。よつて、原告の本訴請求は被告に対し右義務の履行を求める限度において、正当であるから認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例